第9章 ロザリオの祈り(ゾロ+α)
神は、クレイオとミホークの血が混ざり合うことを許さなかったのか。
もしくは、クレイオがミホークを拒絶した証なのかもしれない。
“鷹の目”の少女は、先ほどから不安そうにミホークの顔を見ていた。
無理もない、突然現れた男がどこかへ連れて行こうとしているのだから。
それでも大人しく腕の中に収まってくれているのは、母親を亡くしたばかりで心細いせいだろう。
決して自分を信じてくれているからではない。
「クレイオ」
ミホークは娘の髪を撫でた。
指に絡みついてくる黒髪を梳きながら、再度クレイオの面影を探したが、やはりどこにも無い。
「まだ夜明けには少しある・・・今は全て忘れて寝るがいい」
少女はコクリと頷き、目を閉じた。
そして眠りに落ちる間際に漏らした言葉が、ミホークの心を深く抉る。
「聖母様・・・どうか私をお守りください」
忘れもしない、その言葉。
ミホークがクレイオを初めて抱いた夜、痛みと辱めに耐えながら神の赦しを請っていた彼女の呟いた言葉だった。
「・・・つくづく、神とは残酷なものだな」
愛する女を失っても、その面影を残す娘が生きていてくれるなら、と思っていたが・・・
この少女にクレイオの血は一滴も流れていない。
これが神がミホークに与えた罰なのか。
娘は愛おしくて堪らないのに、その顔を見ると自分がクレイオに何をしたかを思い知らされる。
忌々しい天罰だ・・・
何も知らずに眠る娘の首からは、ロザリオがかけられている。
見覚えのあるそれにそっと触れると、クレイオの声が聞こえてくるようだった。
“生まれてくる子には、一切関わらないでください”
“娘をどうか守ってください”
彼女の願い・・・その両方を叶える道は、一つしかない。
ミホークはもう一度娘の頬を撫でてから、クレイオが最も信頼していた神父の家の方角に静かに目を向けた。
ミホークのクレイオに対する、純粋すぎるほどの歪んだ愛情。
夜明けが始まる空の下、ミホークはその愛情を心の奥底に葬りながら、小さな額にそっとキスをした。
もう二度と会うことのないだろう、我が娘に別れを告げるために───