第9章 ロザリオの祈り(ゾロ+α)
思えば、クレイオがミホークに自分のことを語ることはほとんどなかった。
常に感情を押し殺した声で、その瞳も真意を探らせてはくれなかった。
何度となく身体と唇を重ねても、その視線はどこか遠くにある。
彼女の気持ちもきっとそうなのだと、思っていた。
そんなクレイオが僅かながらも、ミホークの前で心をさらけ出したことがあった。
それは、娘が生まれてから半年後。
クレイオに妊娠を告げられてから初めて、ミホークが島を訪れた夜のことだった。
一年以上も遠ざかっていたのに、何一つ変わらない海岸。
夜空には満月が浮かび、村へ続く一本道は暗く静まり返っていた。
以前と同じ景色。
それなのに恐怖を覚えるのは何故か。
ああ・・・ここに来る時はいつもそうだ。
普段は恐怖と縁のない男が、この小さな島に降り立った瞬間から不安で仕方がなくなる。
彼女はいてくれるだろうか、と───
かなり時間が空いてしまったし、何より子どもが生まれたのだから、ミホークと関わることを避けても仕方ないだろう。
諦めにも似た気持ちを抱えながら、辿り着いた墓場。
そこにひとつの人影があることに気づいたミホークの金色の瞳が、大きく広がった。
「───貴方がこの島には来ることは・・・もう二度とないと思っていました」
一人の女を見て、あれほど苦しく思ったことは無い。
満月の光を浴びながら佇む彼女はもう、修道女ではなかった。
「・・・随分と身なりが変わったな」
「今の私には、神にお仕えすることよりも、娘のために生きることの方が大事ですから」
「その子どもはどうした?」
「事情を全て知っている神父様が預かってくれています」
クレイオが会話の中で娘の名前を口にすることは無かった。
一切関わらない・・・そう約束したのだから、当然だ。
「そこまでして何故、お前はここにいる」
「私がここにいなければ・・・」
クレイオはミホークを見つめ、悲しそうに微笑んだ。
「貴方は誰かを殺すでしょう?」
その言葉は、二人の関係がこの先も変わらぬことを暗示しているかのようだった。