第9章 ロザリオの祈り(ゾロ+α)
あれから幾年が経とうとも、満月を見上げる度に思ってしまう。
もし、ミホークが海賊でなかったら。
もし、クレイオが修道女でなかったら。
もし、二人の関係の始まりが優しいものだったなら。
結末は違っていたのかもしれない。
「私はそう遠くないうちに殺されるでしょう」
その言葉は、普段は動揺することがないミホークの心臓の鼓動を速めるには十分だった。
「殺されるとは・・・どういうことだ」
情事の余韻に浸ることすら忘れ、先ほどの言葉の真意を探ろうとしているミホークの表情は、相当に険しいものとなっていた。
理由次第では、この島のどこかで血が流れるだろう。
彼から漂う抑えきれない殺気に、クレイオは視線を逸らしながら答えた。
「今年は天候のせいで、どこの畑も不作でした。このままでは食糧不足は避けられません」
ほとんどが自給自足の生活をしているこの島では、野菜や穀物の不作は大きな打撃となる。
人間だけでなく家畜にも影響し、いずれは食べ物をめぐって争いが生まれることは必至だった。
「さらに、伝染病が流行り始めています。十分な薬が無いこの島では、多くの人が死ぬことになるでしょう」
「ならば、おれがお前と子どもの分の薬と食料を用意すればいいだけの話だろう」
病名さえ分かれば、近くの島に行って薬を調達することもできるし、医者を連れてくることもできる。
すると、クレイオは首を横に振った。
「私が死ぬのは病気や飢えのせいではありません」
毎日、“声”が聞こえるから分かる。
不安が恐怖へ。
恐怖が怒りへ。
そして・・・怒りが狂気へと変わっていくのを。
不作と伝染病は悪魔の仕業だと信じ込み、誰かを生け贄にするまでその狂気は鎮まらないだろう。
「生け贄は・・・魔女として火あぶりになるのは、この私以外にはいない」
雲に半分隠れた満月を見上げるクレイオは、それが逃れられない運命と悟っているのか、静かな声でそう言った。