第9章 ロザリオの祈り(ゾロ+α)
「───お前には今、二つの選択肢がある」
彼女に囚われてしまいそうになる心を、絞り出した冷静さで隠しながら、美しい顔を半分覆っている金髪をよける。
「お前の身体か、お前の村の全員の命か。どちらか一つ、お前にとって価値の低い方をおれに差し出せ」
修道女の純潔か、百を超える命か。
お前にとって重要ではない方を犠牲にしろ。
ミホークには分かっていた。
彼女がどちらを選ぶかを。
そしてその答えを聞いた時、自分の手は幾千もの棘で血まみれになるだろうことも。
「・・・私は修道誓願をたてています。独身と処女を守る貞潔もその一つ」
ああ・・・その瞳だ。
“愚か者の命一つで守れるものがあるのなら、私は喜んで差し出しましょう”
島の青年一人の命を守ろうとしていた、あの時と同じ・・・冷たさと温かさの両方が混じった瞳。
海の上で思い出すだけで、忌々しいほどに心臓が高鳴った。
「私の貞操一つで、尊い命を守ることができるのなら・・・私は神との誓いを破りましょう」
この身体は神に捧げたもの。
異性との性交で穢すことは、神に背くことと同じ。
「お前にとって・・・人間の命の方が、神との誓いよりも“重い”ということだな?」
満月を背にクレイオを見下ろすミホークは、悪魔そのものだった。
“鷹の目”を静かに見上げる碧眼。
数秒の間をおいて、クレイオは顔を横に背けた。
「ええ、その通りです」
私の貞操一つ・・・誓願を一つ破ることで、尊い命を守ることができるなら・・・
神よ、どうかこの私をお赦しください。
「ジュラキュール・ミホーク、私は貴方の望み通りにいたしましょう」
それは、一輪の花が手折られた瞬間。
手折った悪魔の手に深く、鋭い棘が刺さった瞬間だった。
「今も、死を迎えるときも」
諦めと嫌悪。
そして僅かながらの、ミホークに対する憐れみ。
ミホークがのちにクレイオとの記憶を辿る時───
最初に思い出すのはいつも、この時の表情だった。