第9章 ロザリオの祈り(ゾロ+α)
「・・・何をするのです!!」
ジャラリと音を立てながら土の上に落ちるロザリオ。
ミホークを振り払おうとする手は、強い拒絶の意志を持っているというのに、海賊の前ではあまりに非力で簡単に身体の自由を奪われてしまう。
満月の下で冷たく光る十字架を視界の端に捉えたミホークは、修道女の耳元で囁いた。
「祈らないのか」
低く掠れた声で囁く言葉は、彼女に逃げ道すら与えない。
骨が折れない程度に加減しながらも、無慈悲な力で抱きしめた。
「教会の人間は、神に救いを求めて祈るのだろう?」
おれにしてみれば、無意味に等しい行為。
己の叶わぬ欲求を虚空に向かって言葉にしているお前達は、酷く滑稽に見える。
するとミホークに抱きすくめられていたクレイオの表情が変わった。
抵抗の力が無くなり、代わりに透き通るような碧眼を悪魔に向ける。
「ならば、祈りましょう」
柔らかい微笑みを見た瞬間、ミホークは透明の鎖で縛られたかのようにズシリとした重さと、窮屈さを全身に感じた。
「恵み溢れる聖母様。罪深い私達のために、今も、死を迎える時もお祈りください」
これは、クレイオが放つ覇気なのだろうか。
それとも祈りの言葉を聞き入れた神のなせる業か。
「私達の罪をお赦しください」
目の前にいる彼をお赦しください。
神に祈る心を知らない、この憐れな人を。
「私達も人の罪を赦します」
貴方の思う通り、神を信じて祈ること、それ自体は無意味でしょう。
だからこそ、愛おしい行為なのです。
人は生きていれば必ず、自分の力ではどうしようもできない苦難に直面する。
絶望、失敗、挫折、迫害、弾圧、差別。
自らに過ちは無くとも、冷たく乾いた風が吹きすさぶ荒野に、独りで立たされることがある。
その時に人は、無意識のうちに唱えるでしょう。
“助けてください”と。
それは誰に向かって投げかける言葉でもない。
誰かが掬い取ってくれる言葉でもない。
それでも口にするのは、もがき苦しんだ末の、最後の拠り所となる言葉だから。
「神の御名によりて・・・」
祈りを捧げましょう。
私にとって、誰かが呟く祈りの言葉は、その人の心の声。
だから愛おしく、掬い取ってあげたいと思う。
私自身も冷たく乾いた風が吹きすさぶ荒野に立つ、独りの人間だから。