第9章 ロザリオの祈り(ゾロ+α)
「貴様こそ、何故海賊を恐れない」
「怖いですよ。海賊も、死も」
冷たい夜風が吹いて、修道女の服をなびかせる。
スカートの裾から白くて細いふくらはぎがチラリと見えた。
「でも私はただ、“声”が聞こえてきた人を救いたいと思っているだけです。それが、懸賞金に目がくらんだ商人だろうと、命を簡単に奪う海賊だろうと」
目の前にいる男は、剣豪で知られるジュラキュール・ミホーク。
彼の気分が少しでも変われば、その背中の大剣で一瞬のうちに殺されるだろう。
「ここから立ち去りなさい。そして、もう二度と来ないで」
こうして顔を合わせているだけで痛いほど感じる。
この男の心には確かに“恐れ”があるけれど、救いを求めているわけではないのだ、と。
彼が望んでいるのは───
「お前は他人のために命を差し出す。恐れを認めながら、海賊の前から逃げようともしない」
海賊が一歩、修道女に近寄る。
「愚かな女だ」
大きな手が修道女の頬を包み込んだ。
そして輪郭をなぞるように指を這わせる。
「貴様、名はなんという?」
満月の銀色の光と、“鷹の目”の金色の光。
あまりにも強いその二つの光に、修道女は僅かに顔をこわばらせた。
しかしすぐに笑みを浮かべ、ミホークが生涯忘れることのないだろう名を口にする。
「クレイオ」
それは、決して手に取ってはいけない“禁断の果実”。
一度触れればその魅力は増し、一口齧ればそこから欲望が生まれる。
知ってしまったら最後、その果てに待っているのが楽園からの追放だろうと、その魅力と欲望に抗うことはできない。
だからこそ、今ここにミホークがいる。
人を狂わせる月光に誘われるがまま、海を渡って戻ってきた。
「クレイオ・・・それがお前の名か」
ミホークは初めて微笑むと、残忍な力で修道女を抱き寄せる。
そして、禁断の果実に食らいつくように、真っ赤な唇を奪った。
「───!!」
心に恐れを抱く海賊。
彼は救いを求めているわけではない。
楽園を追放されようとも、欲したのは・・・
満月の夜に出会った修道女の、甘い肉体だった。