第9章 ロザリオの祈り(ゾロ+α)
その日の満月は、いつもよりも大きくて赤みを帯びていた。
それはこれから起こる不吉なことを暗示しているかのよう。
海岸から続く一本道の砂利を踏みしめる皮ブーツの音が響く。
時刻は深夜1時。
月明りが無ければ1メートル前すら見えない暗闇だった。
「・・・・・・・・・・・・」
足音の主は、ある場所に来たところでピタリと歩みを止める。
そこは真新しい11の墓が建てられた墓地。
満月を受けて光る“鷹の目”が、その一つに向けられた。
「・・・何故、戻って来たのです」
そこにいたのは、膝立ちをしながら両手の五指を交互に組んで祈りを捧げる修道女。
ゆっくりと振り返ると、“ここにいてはいけない人物”を静かな瞳で見つめた。
「島の人達は海軍に通報しませんでした。貴方は罪に問われません」
暗闇に浮かび上がるのは、羽飾りの付いた帽子を被った海賊。
この墓地の地中に新たな11人が眠る原因となった男だ。
修道女は男を見据えると、海の方を指さした。
「今すぐここから立ち去りなさい」
海賊は命令されても不快な様子は見せず、熱のない口調で彼女に問いかけた。
「お前はここで何をしている」
いくら修道女といえど、このような時間に墓参りとは常軌を逸している。
すると彼女は右手にロザリオを握りしめながら、海賊に歩み寄った。
「貴方がここに来ると分かっていたから」
その言葉が解せなかったのか、海賊は僅かに眉根を寄せる。
「おれがここに来ると何故分かった」
「貴方の声が聞こえてきました」
───この島に到着する少し前から、貴方の声は私の心に届いていた。
「何を恐れているのですか?」
修道女が微笑んだ。
金色の髪が月光に透け、白い肌は真珠のよう。
「貴方を傷つけられるほどの人間はこの島にいません。ここで犯した罪も問われません。それなのに貴方は・・・」
何を恐れているというの。
何故戻ってきたというの。
ロザリオを巻きつけた右手が、海賊の前にかざされる。
その瞬間、“鷹の目”の色が初めて熱を帯びた。