第9章 ロザリオの祈り(ゾロ+α)
「やめて・・・こないで・・・」
「大丈夫だ、心配いらねェ」
赤髪の男は怖い顔をしていないのに、どこからともなく湧き上がる恐怖。
炎の中から現れた悪魔とは違う恐ろしさを、彼は持っていた。
人間の血と臓物にまみれた地面をスタスタと歩いてくる。
そしてついに目の前に立たれた瞬間、クレイオは自分の意志に反して剣を振り上げていた。
刃は確かに、男の頸動脈を狙っていたはず。
だが、肉を斬る時とは違う衝撃が、クレイオの手に走る。
───ガキンッ!!
剣は男の首筋から僅か数センチ離れた所で止まっていた。
「ほらな、大丈夫だろ」
剣の中央を“素手”で掴み、ニコリと笑う。
刃は十分鋭い。
だが、男の手は皮膚が切れるどころか、一滴の血すら流れていなかった。
「な・・・んで・・・?」
「お前の剣じゃ、おれは斬れねェ。ただ、それだけのことだ」
それだけのこと?
でも、初めて人を殺した時に思った。
人間とはなんて簡単に死ぬのだろう、と。
この人は・・・いったい・・・
「おれだけじゃねェさ。お前はおれ達の誰一人、斬ることはできない」
赤髪の男が、自分の後ろにいる3人を親指で指した。
先ほど村人達を追い払ったベックマン、骨付き肉を頬張っている太った男。
そして、“YASSOPP”と書かれたバンダナを巻いている男。
彼の言う通り、その3人からも村人達を相手にしている時にはなかった恐怖を感じた。
「さて・・・これはまだお前には早すぎる“オモチャ”だな」
赤髪は空いた方の手でポンポンとクレイオの頭を撫でてから、剣を持っていた右手に力を込めた。
すると剣はボキッという音をたてて、いとも簡単に真っ二つに折れてしまう。
「・・・!!」
剣が・・・握っただけで折れるなんてことがあるのだろうか。
血の海の中で、クレイオは呆然と赤髪の男を見上げた。
あれだけ簡単に村人達の肉を抉った剣なのに、素手で折った彼の手は切り傷一つない。
だが一瞬だけ、手の平が黒い鋼鉄のように変化していたのが見えた。
すぐに元の皮膚に戻ってしまったが、もしかしたら剣を握ることを可能にする特別な力なのかもしれない。
すると赤髪は突然、状況を飲み込めていないクレイオの顔を見て爆笑し始めた。