第9章 ロザリオの祈り(ゾロ+α)
「ねェ、神父様・・・人は簡単に他人を殺すことができるのに、どうして自分が死ぬのは怖がるの?」
伝染病や飢えで死ぬことが怖いくせに、弱い人間を殺すことでその不安を和らげようとする。
自分が怖いと思う事を、どうして人にするんだろう。
すると神父は、少女の疑問に何かを思い出したのか、クスクスと笑い始めた。
「お前の母親も同じことを言っていたよ。今のお前よりももう少し大きかったかな」
他国の戦争のニュースを見て、思想が違うだけで簡単に殺し合う人間達に疑問を持っていた幼き日の母。
そして、こう言った。
“私は死ぬことよりも、人の命を奪うことに恐怖を覚えない方が怖い”
「私がお前の母に洗礼を授けたのは、彼女が13歳の時だった。私は20代後半だったが、彼女の持つ雰囲気には圧倒されたものだ」
洗礼の儀式の中で彼女の頭に触れた時、ビリビリと電流のような感覚を手の平に覚えた。
あれはもしかしたら、話に聞く“覇気”というものだったのかもしれない。
修道女となってからは覇気など無縁の日々だったが、ただ一度だけ、それを神父の前で漂わせていたことがあった。
そしてその日こそ、彼女が悪魔と交わった日だったのだろう。
「彼女は私が見てきた中で、最も神の祝福を受けた修道女だった」
今も目を閉じれば思い出す。
“神父様・・・私を除名してください”
真夜中の教会で神父の足にすがるようにしながら、自分にはもう修道女でいる資格がないと訴えていたクレイオの母。
顔色が悪かったのは妊娠の兆候のせいか、それとも禁を破ったことへの罪の意識か。
だが、彼女の表情に迷いは無かった。
「私は彼女から神に仕える道を奪った悪魔を呪った。だが、それすらも赦すしかなかった」
「ゆるす・・・」
「赦すことこそが愛。そう信じていたのは他でもない、私が生涯で最も尊敬した修道女自身だったのだから」
今も耐え難い記憶なのだろうか、悔しそうにそう言った、その時。
ふと窓の方に目を向けた神父の顔色が真っ青に変わった。
「───誰だ!!」
先ほど窓を閉めた時にカーテンが僅かにずれてしまったらしい。
ほんの数センチの隙間の向こうに、家の中を覗いている二つの目がそこにあった。