第9章 ロザリオの祈り(ゾロ+α)
「ああ・・・私の可愛い天使、クレイオ・・・」
細い指が黒髪を撫でる。
母の青い瞳は、鷹のような娘の瞳をまっすぐと見つめていた。
「貴方の名前を呼ぶだけで、私の心はこんなにも救われる・・・」
「お母さん・・・?」
「私の愛はいつも貴方とともにあります。だから心配しなくていい」
ゆっくりと離れていく手。
「いやだ、いやだ、一人にしないで! 私も行く!!」
一生懸命手を伸ばしても、母がそれを握ってくれることはなかった。
「朝が来るまで決して藁の中から出てはいけません」
貴方だけはどうか生き延びて。
「クレイオ、クレイオ・・・」
何度もクレイオの名前を呼んでから、母は胸元で十字を切った。
「聖母様の御加護が貴方にありますように・・・」
キィーッとドアの開く音。
母が行ってしまうのは分かっていたのに、クレイオは不思議と身体を動かすことができなかった。
首から下げたロザリオがまるで意志を持っているかのように重みを帯びて、クレイオの自由を奪っていた。
「愛しているわ、クレイオ」
それが、最後に見た母の笑顔だった。
音を立てないように閉められたドア。
間髪入れずに、恐ろしい大人達の声が聞こえてくる。
「いたぞ、魔女だ!!」
「殺せ!!」
「娘はどこへ行った?! 悪魔の子は殺さなければならない!!」
怒声を一人で聞くことほど恐ろしいものはない。
クレイオは泣きながら、母にかけてもらったロザリオを握りしめていた。
「クレイオはすでに、とある方に頼んで島の外へ連れ出してもらいました」
先ほどまで青ざめていたとは思えないほど、凛とした母の声。
「とある方? それは悪魔だろう!!」
「悪魔と呼びたいのなら、どうぞそのように。私は逃げも隠れもしません」
母が村人達に連れて行かれる。
窓から見える旗と松明の光が、だんだんと離れていった。
「お母さん・・・」
聖母様・・・どうか私に力をお与えください。
憎しみのあるところに、愛を。
絶望のあるところに、希望を。
闇のあるところに、光を。
この幼い手でもたらすことができますように・・・
クレイオは家畜小屋の寝藁の中で、必死にロザリオの祈りを唱えていた。