第8章 真珠の耳飾りの少女(コラソン)
───護送船を沈没させる。
その計画を聞いた時、恐怖のあまり身体の震えが止まらなかった。
目の前にいる人は確かにロシナンテなのに、まるで別人のようで。
その瞳は暗く、凶暴性すら感じられた。
その声は低く、残忍性すら感じられた。
いつもの彼なら、絶対に感じさせないような“闇”。
この人は優しすぎる。
だから何かを破壊しようとする時、彼は負の感情に囚われてしまうのだろう。
それが酷く恐ろしく、悲しかった。
それが自分のためだから、余計に・・・・・・
「ロシナンテ!!!」
彼が海水に飲み込まれた瞬間、クレイオは外に放り投げられていた。
片腕一本とは思えないほどの強い力。
どうしても彼女を助けたい、自分の命に代えてでも。
その強い想いが神に届いたのか。
クレイオの身体は壊れた扉のほんの小さな隙間から飛び出し、炎に包まれている甲板を越えて海に落ちた。
バシャン!!
大きな水しぶきが上がり、熱湯のような海水がクレイオを飲み込む。
沈みゆく船を中心として、あらゆるものを巻き込んでいくように渦巻く水流。
人間ならばその力に抗うことはできなかっただろう。
でも・・・
“おかえり、貴方が生きるべき場所に”
海は人魚には優しかった。
「・・・?」
水槽とは違い、果てしなく続く海水。
人魚にとって、ここは母なる海だ。
たとえ一隻の軍艦を海底に引きずり込もうとも、クレイオだけは優しく包み込む。
「ただいま・・・」
それは自然と口を突いて出た言葉だった。
だけど海は今、クレイオの帰りを歓迎する一方で、一人の海兵の命を奪おうとしている。