第8章 真珠の耳飾りの少女(コラソン)
がくんっ・・・
背後から襲ってきた海水に力を奪われていく。
「ロシナンテ!!」
一瞬にして海水に飲まれた、ロシナンテの身体。
まるで糸が切れた凧のようにグニャリとその場にへたり込む。
だがそれは最後の力だったのか、それとも意地だったのか。
ロシナンテはクレイオの身体を右腕一本で持ち上げると、微かに見える太陽に向かって力いっぱい投げた。
───もし“神”が存在するならば。
そこが外への出口で、クレイオは無事海に落ちてくれますように。
もはや、ゴォォ・・・という音しか聞こえない。
これが爆発の音なのか、水圧の音なのかすら分からず、ロシナンテはただ遠くなりつつある太陽の光を見つめていた。
「ガッ・・・」
悪魔の実というものは難儀だなァ。
海水に触れるだけで力が奪われるなんて、海兵にとっちゃデメリットの方が大きいぞ。
息が・・・できない。
かろうじて映る視界にはクレイオがいないから、彼女はもう無事に外に出たのかもしれない。
甲板まであと数メートル。
そこまで来ていながら、ロシナンテにはもう一歩も前に進むことができなかった。
“おれはただ・・・君のこれまでの生き方を尊敬してやまないんだ”
クレイオ・・・
お前は十分すぎるほど苦しんだ。
もう・・・自由に・・・なってもいいだろう。
“おれは確かにドレスローザを守りたい。それは偽りのない思いだ”
でも、おれにはその力がない。権力もない。
だから・・・
“クレイオ、おれはお前を選ぶよ”
ドレスローザよりも、おれの命よりも・・・
“───お前が大切だからだよ”
「お前は自由だ・・・クレイオ・・・・・・」
愛している。
でも・・・
人間と人魚が結ばれる事はないのなら、この愛は足枷にしかならないだろう・・・
ただ、彼女には幸せに生きて欲しいと願う。
何人たりとも二度と彼女を檻の中に閉じ込めさせはしない。
黒煙を上げながら沈みゆく船。
その渦は、心優しい海兵の身体も一緒に飲み込んでいった。