第8章 真珠の耳飾りの少女(コラソン)
ガチャリと重い音を立てて落ちる手錠。
二度とこんなものを彼女の手にはめさせはしない。
ロシナンテは唇を強く噛みながらそれを蹴っ飛ばすと、クレイオに向かって手を差し伸べた。
「おいで、クレイオ」
ここから先、船の中まではおれが抱いていこう。
あの部屋の水槽から外へ行く時は、いつもそうしていただろう。
水中から抱き上げ、階段を下りて、そして空を見に行く。
君はいつも、安心しきったようにおれの腕の中で体重を預けていた。
背中と膝の下に手を差し込んで抱え上げると、クレイオは少しだけ微笑んだ。
「怖い?」
他の誰にも聞こえないよう、小さな声でクレイオに囁く。
「怖くない。貴方が一緒だから」
たとえ計画が失敗して、インペルダウンに連れていかれることなったとしても。
監獄の門をくぐるまでロシナンテが一緒にいてくれるなら、怖くない。
そこから先は心配しないで。
どんな拷問にあおうとも私は絶対に泣かない。
貴方との思い出をたくさん詰めたこの心を、そのまま凍りつかせてしまうつもりよ。
そのクレイオの想いを悟ったのか、そうでないのか・・・
「・・・二度と君に心を失わせはしねェぞ」
ロシナンテは静かにそう呟いてから、後ろに控えている海兵達に向かって叫んだ。
「これより“真珠の人魚”をインペルダウンまで護送する! 出航用意!!」
大きな背中に「正義」の二文字。
海軍本部中佐は固い決意を秘めた顔で出航を宣言した。
この航海が“悲劇”で終わるか、それとも“希望”の始まりとなるか・・・
それはまだ、運命の女神すらも分らないことだった。