第8章 真珠の耳飾りの少女(コラソン)
「ロシナンテ中佐、あとはよろしく頼みます」
クレイオを館からここまで連れてきた執事が、甲板の上で整列している海兵達と、ロシナンテを見て神経質そうに眉をひそめた。
「まったく・・・貴方が任務を全うしてくれていたら、こんな面倒な事にならずに済んでいた」
「・・・・・・・・・」
天竜人の婚礼まで時間がない。
それまでにクレイオが涙を流さなければ、執事自身の命が危ういのだろう。
「さっさと連れていってください。今度こそ、“成果”を期待していますよ」
「成果、だと・・・?」
ロシナンテが執事から目をそらし、クレイオを見たその瞬間だった。
父親譲りの一重が印象的な瞳が大きく開く。
「クレイオ!!」
ロシナンテの表情に、明らかな怒りの色が浮かんだ。
足がないクレイオは地上を歩くことができないから、屋敷からここまでは車椅子で運ばれてきた。
それだけですでに自由はほとんど奪われているというのに・・・
「今すぐそれを外せ!!」
クレイオの細い両手首には重たい手錠がはめられていた。
「クレイオは囚人じゃねェんだぞ!! 何を考えてる!!」
「しかし、逃亡を図る可能性もあった」
執事は冷酷な顔でロシナンテを見据えた。
センゴクの推薦でなければ、この男を護送役にするのは絶対に認めなかっただろう。
ロシナンテもまた、普段の優しい顔からは想像もつかないほどの形相で執事を睨んでいる。
「・・・鍵をよこせ。護送の責任者はこのおれだ」
「・・・・・・・・・」
ビリビリと空気が裂けるような威圧感が漂う。
それはロシナンテが無意識のうちに流していた覇気なのかもしれない。
クレイオはわずかに表情を変えると、両手を執事に向かって差し出した。
「どうか手錠を外してください。私は天竜人の奴隷・・・逃げも隠れもしません」
そうしないと、ロシナンテが負の感情に囚われてしまう。
怒り・・・悲しみ・・・彼の心はもう、たくさんの苦しみで膨れ上がってしまっている。
「奴隷だと認識しているなら、さっさと泣いて欲しいものだな」
抵抗をしないということが分かったのか、執事はポケットから鍵を取り出すと、クレイオにはめていた手錠を外した。