第8章 真珠の耳飾りの少女(コラソン)
翌朝、ロシナンテは一足先に屋敷を出て、マリージョアに到着した一隻の護送船を出迎えていた。
人魚を運ぶだけだというのに、海軍が用意したのは艦砲が搭載された軍艦。
天竜人の権力がどれほどのものかを思い知る。
「・・・四皇と戦争でもする気かよ」
久しぶりに海軍の制服に袖を通したロシナンテは、小さく悪態をついた。
着慣れたはずの「正義」の刺繍が入ったコートが、やけに今日は重く感じる。
「ご苦労様です、ロシナンテ中佐」
「ああ、今日はよろしく」
若い海兵の敬礼に笑顔で会釈しながらも、ロシナンテは今日はまだ顔を見ていないクレイオのことが気にかかっていた。
“護送船を沈める”
そう打ち明けると、クレイオは真っ青な顔をして震えていた。
その顔を見た瞬間、酷く後悔した。
彼女を守るためとはいえ、不安にさせてしまっているということに。
“あの人魚には、心そのものが無いんです”
彼女と初めて会った日に執事から言われた言葉。
それを聞いて、事情は分からないが酷く腹が立ったことを覚えている。
何をバカなことを言っているんだ。
彼女はとても優しい心を持っている。
最初から天竜人の望みのままに泣いて、真珠を生み出していれば、辛い目になど遭わずにすんでいただろう。
だがそれをしなかったのは、真珠が必ず争いの種になることを知っていたからだ。
人間は欲深い生き物。
欲のためなら平気で他人を殺すし、平気で国を亡ぼす。
人間の欲望から心を閉ざすことで、
人間の欲望によって与えられる痛みに耐えることで、
殺戮が起きないように大勢の命を守ろうとしていた。
そのクレイオが今度は、世界一の大監獄へ連れていかれようとしている。
一人の海兵として、一人の男として、彼女を絶対に守らなくては。
船を沈没させるという強硬手段を取ってでも・・・