第8章 真珠の耳飾りの少女(コラソン)
「クレイオ・・・おれは明日、君をインぺルダウンにつれて行く」
その言葉を予期していたのか、それともしていなかったのか。
クレイオは黙ったままロシナンテを見上げ、そして僅かに瞳を揺らした。
「インぺルダウンは・・・この世の地獄だ」
それを伝えていったい、何になるのだろう。
ただいたずらにクレイオの不安を煽るだけだ。
かといって、希望も与えてはいけない。
「ロシナンテは・・・行った事があるの?」
「いいや・・・おれは行った事がない」
「そう・・・良かった」
良かった?
思いがけない言葉にロシナンテがクレイオの顔を覗き込むと、彼女は小さく微笑んでいた。
「ロシナンテは優しいから・・・地獄を見たらきっと、また泣いてしまうでしょ」
「な、泣かねェさ!」
「私はどんなに拷問を受けても、たとえ死んだとしても、絶対に涙は流さない。ロシナンテと約束したから」
だから安心して、とでも言いたいのか。
「私は貴方が笑顔でいてくれれば・・・それでいい」
「クレイオ・・・お前・・・」
自分の脳に刻まれた記憶のどれを呼び起こしても・・・
これほど強く・・・優しく・・・
そして、美しい女性を他に知らない。
インぺルダウンに連れていかれるのは自分なのに、クレイオはそれでもロシナンテの笑顔を望んでいる。
その気持ちは彼もまた、同じだった。
「・・・君に話しておきたい事がある」
海軍本部の士官クラスにのみ携帯を許されている白電伝虫が、ズボンのポケットの中でモゾモゾと動く。
盗聴妨害の念波を飛ばす事ができるこの電伝虫を持っていれば、二人の会話が執事達に聞かれる心配がなかった。