第8章 真珠の耳飾りの少女(コラソン)
身体の熱を全て冷ましてから、クレイオの部屋をノックする。
そういえば、いつもはノックなどせずに鍵を開けてドアを開けていた。
もちろん、ノックをした所でそのドアを開けるか開けないかの判断は、鍵を持っている人間に委ねられている。
それでも今は、クレイオの赦しを請いたかった。
中に入ってもいいか?
君に触れてもいいか?
自覚してしまった想いが、ロシナンテの足を躊躇わせる。
「ロシナンテ?」
厚いドアの向こうからクレイオの声が聞こえてきた。
きっと水槽から身を乗り出して、不思議そうに首を傾げているのだろう。
その姿を想像したら彼女が可愛らしく思え、自然とロシナンテから笑みが零れる。
「開けるぞ、クレイオ」
そう言って重たい錠を外し、ドアを押し開けた。
すると、待ちかねていたようにクレイオが笑顔を向けてくる。
水槽から身を乗り出してこそいなかったものの、ガラスに両手を突き、尾ヒレを左右に揺らしていた。
「君に話したい事がある」
「話?」
クレイオは一瞬、不安そうに瞳を揺らした。
だけど、ロシナンテがどこか吹っ切れたような表情を見せていることに安堵したのか、フワリと微笑む。
「聞きたい・・・ロシナンテが話してくれる事なら、なんでも」
その笑顔は水のせいで少し揺らいで見えたけれど───
とても、とても愛しいと思った。
「じゃあ・・・外に出ようか」
思えばおれは、マリージョアに来てから迷ってばかりだった。
クレイオとの接し方に戸惑い、
正義の在り方に悩み、
ドフラミンゴの計画に狼狽え、
クレイオへの想いに自己嫌悪する。
そんな自分にもう嫌気がさした。
「おいで、クレイオ」
水槽の淵から差し伸べた手を掴んでくる、柔らかい手。
人魚にとって人間は、欲望の塊で苦しみしか与えない存在。
もしかしたら、おれこそがクレイオにとって典型的な“人間”かもしれない・・・
それでも自分を信頼しきってくれる彼女が、心から大切に思えた。