第8章 真珠の耳飾りの少女(コラソン)
おれは今・・・
いったい、何をした・・・?
「うそだろ、おい・・・」
手の平に溜まった白濁とした残熱を見つめ、今まで感じたことのない自己嫌悪に陥る。
無意識だったとはいえ、人間の足を持ったクレイオを想像してしまった。
それは人魚である彼女の存在を否定する行為と同じだ。
ただでさえ、欲望の矛先にして彼女を穢してしまったというのに・・・
「おれは最低だ・・・」
心のどこかでクレイオが人間だったら良かったのにと考えているのだろうか。
それはすなわち、魚人類を蔑んでいるからなのだろうか。
「・・・わからねェ」
ロシナンテはノロノロと立ち上がると、手を洗うために洗面所へ向かった。
冷たい水を勢いよく出し、火照った手をその中に突っ込む。
手の平に溜まった精液が流れていく様を見ながら、クレイオの笑顔がボンヤリと脳裏に浮かび上がった。
“ロシナンテ”
彼女にそう呼ばれるたび、心の奥が温かくなるようになったのはいつからだろう。
同時に、苦しくなるようになったのは、やはりいつからだったか。
彼女を救いたい。
だけど、自分に課せられた任務は彼女に涙を流させること。
そのいずれかができなければ、自分はいつまでたっても本部に戻ることができない。
「───ああ・・・そうか」
冷たい水が、ロシナンテの頭も冷やしてくれたようだ。
ずっと胸につかえていたものが取れたような気がする。
「分かりきったことじゃねェか・・・」
鏡に映った自分の顔を見ながら、ロシナンテは微笑んだ。
自分が何故、ここまでクレイオを守りたいと思うのか。
それは単なる同情心ではない。
もちろん、“履き違えて”もいない。
「バカだなァ、おれは・・・」
胸のつかえがようやく取れたというのに・・・
その笑顔は悲痛の色さえ浮かんでいた。