第8章 真珠の耳飾りの少女(コラソン)
“ロシー、グズグズするな!”
マリージョアに住んでいた頃の記憶はほとんどない。
ただ覚えているのは、肥えた豚のような子ども達の中で、兄は誰よりも頭の回転が速く、運動神経が良く、そして高飛車な性格をしていたということ。
“お前なんかに貸してやるオモチャなんてないえ!”
甘えたい盛りなのに、素直ではなかった兄。
対称的にいつも母のドレスの裾を掴んで甘えている弟に、意地悪をすることもあった。
だけど・・・
“ロシーを泣かせたのは誰だ!”
年上の子ども達にいじめられて泣いていると、家来よりも先に駆け付けてくれたのも兄だった。
相手が泣こうが喚こうが仕返しをする手を止めず、気づけばいじめっ子の方が弟の何倍もの怪我を負っていることも少なくなかった。
“弟をいじめる奴は許さないえ”
兄は自分のものを他人に壊されることを何よりも嫌う。
もしかしたら、兄にとって弟は奴隷と同じ、所有物の一つでしかなかったのかもしれない。
それでも、泣きじゃくっていた自分をいじめっ子から守るように立っていた兄は、誰よりもカッコ良かった。
“お前はノロマだから、おれのそばを離れるな”
父が天竜人の権利を放棄し、下々民として生きるようになってもそれは変わらなかった。
“元天竜人”というだけで暴力を受け、残飯を漁る生活が続いても、兄は弟を見捨てるようなことはしなかった。
“なぜおれの力まで奪った!!!”
“お前の首で・・・・・・!! 聖地へ戻る”
僅か10歳で父親を殺した兄。
頭から血を吹き出しながら倒れていく父親を一瞥し、手に持った銃を静かに下ろすと、腰を抜かしている弟を見つめた。
あの時、彼が自分の知っている兄でないような気がして、とにかく怖かった。
“立て。おれと一緒に来い”
だけど弟は兄の命令に応えることができず、父親の亡骸にすがって泣き続けた。
その姿に呆れたのか、それとも見捨てたのか。
兄は小さな背中を弟に向けると、闇の中へ消えていった。
ドフラミンゴの顔を見たのはそれっきり───