第8章 真珠の耳飾りの少女(コラソン)
「ロシナンテ!」
鍵を外してドアを開けると、人魚は水槽の中にある高さ50センチほどの岩に座っていた。
かつては誰が来ても怖がって岩陰に隠れていた彼女だが、ロシナンテを見るや嬉しそうに顔を綻ばせる。
しかし、部屋に入ってきた人間がもう一人いる事に気が付くと、すぐにその表情を曇らせた。
「怖がらなくていいよ、クレイオ。この人はおれの恩人だ」
「恩人・・・?」
“仏のセンゴク”と呼ばれているだけあって、戦闘時以外のセンゴクはいたって穏やかだ。
帽子にカモメを乗せてニコニコと笑っている初老の男に、クレイオの警戒心も少し解けたらしい。
スーッと正面の方に泳いでくると、両手をガラスについてマジマジとセンゴクの顔を見つめた。
「やあ、クレイオ。元気そうで何よりだ」
「・・・・・・・・・・・・」
この男の顔は知っている。
天竜人と一緒に何度かこの部屋に来たことがある。
もちろん、言葉を交わしたことはないけれど。
「大丈夫。私もロシナンテと一緒だ、決して君に危害を加えない」
「・・・・・・・・・・・・」
クレイオは首を傾げながら、センゴクを見つめ続けていた。
もしここにロシナンテもいなければ岩の陰に隠れていたかもしれないが、彼が一緒にいるという安堵感からか、僅かながらセンゴクに興味を抱いているらしい。
不思議そうに見つめるその瞳には、恐怖の色がほとんど見られなかった。
「私はセンゴク。ロシナンテとは古くからの付き合いなんだよ」
「セン・・・ゴク・・・」
それはセンゴクが初めてクレイオの声を聞いた瞬間だった。
彼女が“真珠の人魚”である事は知っている。
ただでさえ根強い差別が残る魚人類だ。
この世界は彼女にとって住みにくい場所なのに、その涙を求める欲深い人間達までいるから、地獄と変わりないだろう。
しかし、それも変わりつつあるのかもしれない。
「センゴク・・・ロシナンテの恩人・・・」
水槽のガラス一枚隔てて、海軍元帥を見つめる人魚。
ほんのりピンク色の唇に、まるで桜の花びらのような微笑みを浮かべていた。