第8章 真珠の耳飾りの少女(コラソン)
ロシナンテも、ホリヨシも、私利私欲のために自分を助けてくれたわけではない。
それが痛いほど分かるからこそ・・・
「私は強くなりたい・・・そうすれば、私のために誰かが命を懸ける必要がなくなる」
何より、強ければ今もロシナンテと一緒にいられたかもしれない。
ロウソクの灯りだけでは、部屋全体を照らすことができない。
その頼りない光が、人魚をより一層儚く見せていた。
「お前は・・・じゅうぶん強い」
血と墨と消毒薬の匂いが染みついたホリヨシの手が、クレイオの頭をポンポンと撫でる。
「ここまで大きな彫り物をしながら、弱音一つ吐かない。大の男でも痛みに挫けて逃げ出す者や、気絶する者もいるというのに」
背中に押された大きな烙印。
ロシナンテに出会うまで受け続けた拷問の数々。
この儚い人魚はずっと一人で耐えてきた。
「拙者はお前ほど強い者を見たことがない」
だから、封印していたこの技術をもう一度使ってみようと思った。
これが人生最後の作品になる、その覚悟を持って刺青を彫ろうと思った。
「背中の刺青が完成したら・・・己を誇るがいい。どのような痛みにも負けぬ、その強さを」
そして・・・
「己を信じるがいい。その痛みの代償に、お前は自由を得たのだと」
ホリヨシは優しく微笑んでいた。
“自由”
それを得るための代償が計り知れないことを、彫り師は身を持って知っている。
「お前の想い人が迷うことなくお前の元へ戻って来られるよう、本物以上に美しい向日葵を描いてやる」
向日葵・・・
その花に引き寄せられるようにロシナンテの運命が定まったのなら、同じ花を身体に刻めばいつか再び彼と巡り合えるはず。
クレイオは二人の運命の糸が解け始めたあの日を思い出し、瞳を静かに揺らした。
運命の糸はまた絡み合う。
今はそう信じ、そのためにいかなる痛みにも耐え抜くことを誓うしかなかった。