第8章 真珠の耳飾りの少女(コラソン)
「何を考えている?」
クレイオの不安を悟ったのか、ホリヨシは消毒液を染み込ませた布でノミを拭きながら静かな瞳を向けた。
「私がここに長くいればいるほど、貴方達に迷惑がかかるかもしれない」
「いらぬ心配はするな」
「でも、天竜人が来たら───」
するとホリヨシは姿勢を正し、静かな瞳をクレイオに向けた。
「天竜人が来たところで、拙者のする事は変わらん。お前の刺青を完成させる事のみ」
「ホリヨシ・・・」
「首を刎ねられようが、一度ノミを持った以上は最後まで彫る。5代目ホリヨシとしてお前の肌に墨絵を描くと決めたその時から・・・」
───切腹をする覚悟でノミを握っている。
勇壮に腹を切る。
その壮絶な死に方こそが、武士にとって名誉であり、美。
またそれによって、果たせなかった想いをこの世に強く遺す。
それが彼の故郷、ワノ国の死生観だ。
「拙者が恐れるのは権力ではない。信念を守れぬ事」
故郷を捨て、本来の自分を捨て、たった一つ残った宝物である幼い娘を守るため…
忘れかけていた、この信念。
それを取り戻させてくれたのはお前だ、クレイオ。
「向日葵はこの命に代えても、必ず完成させる」
暗い海の底でも、冷たい陸の上でも。
太陽の花はいつなんどきも、お前を明るく、温かく照らしてくれるだろう。
「・・・・・・・・・」
ホリヨシはどちらかといえば表情が乏しい男だった。
彫り物をしている時は特に、クレイオの言葉に耳を傾けるだけで、体勢を変えて欲しい時など必要最低限の事しか口にしない。
それなのに、不思議と冷たさは感じさせなかった。
「どうしてだろう・・・」
うつ伏せのまま、クレイオは首をもたげてホリヨシを見た。
「どうして私に優しくしてくれる人は皆、“命”を口にするんだろう」
「クレイオ・・・?」
「ロシナンテも・・・そうだった」
“約束する。おれは命に代えてもお前を───”
私が“真珠の人魚”だから?
お金になるから?
違う。