第8章 真珠の耳飾りの少女(コラソン)
シャボンディ諸島の外れにある、古ぼけた小さな家。
風が吹き付けるたび、ギシギシと音を立てる壁。
ロウソクの灯りに浮かび上がるホリヨシの表情は真剣そのもので、指先まで細かな神経が通ったその手で人魚の皮膚に針を刺していく。
その度に襲うのは、チリチリと焼けるような痛みや、息が止まるほどの鈍い痛み。
しかし、人魚は時折小さな呻き声を上げることはあっても、決して弱音を吐くことはなかった。
「・・・・・・・・・・・・」
仄かに漂う異国の香り。
部屋の隅で焚いているお香は、ホリヨシの故郷のものだろうか。
彼の集中を高めさせ、一方で人魚の気持ちを落ち着かせていく。
「疲れたか?」
一定のリズムで皮膚に墨を入れ続けていたホリヨシがふとその手を止め、クレイオの顔を覗き込んできた。
もうかれこれ3時間だ。
彫り師だけでなく、彫られる方も疲労がピークに達しているはず。
「・・・少しだけ」
「ならば、今日はここまでとしておこう」
ホリヨシは畳の上に細長いノミを置いた。
その先端に取り付けられた針からは、真っ黒な墨汁の他に赤い血も付着している。
「絵は・・・どこまでできた?」
「そうだな、筋彫りが6割といったところか」
「すじぼり?」
「絵柄の線のことだ。これが終わったらボカシやツブシに入る」
クレイオにはホリヨシの言うことがよく分からなかったが、完成するにはまだまだ先が長そうだ。
「もう嫌になったか?」
「嫌にはなってない・・・けれど、あとどれくらいで終わるのかが気になる」
「それは傷の治り具合にもよる」
ホリヨシはそれ以上は答えなかった。
それが余計にクレイオの不安を募らせる。
痛みを恐れているのではない。
彼女の不安は、作業が長引けば長引くほど彼らに迷惑がかかるのではないかという事だった。
天竜人は今も自分を探しているだろうし、人攫いだっていつ現れるかわからない。