第8章 真珠の耳飾りの少女(コラソン)
「クレイオ、飯だぞー!」
嫌な気分を吹き飛ばすために、いつもより3割増しで明るい声を出しながらドアを開けると、クレイオは待ちかねていたように水槽の淵から身を乗り出してロシナンテを迎えた。
「遅くなってごめんな、腹減っただろ!」
「ううん、大丈夫」
顔を見るなり口元を綻ばせるクレイオに、ロシナンテの心がチクリと痛む。
最近・・・本当によく笑うようになった。
初めて会った頃は、渾身のジョークを見せても表情すら変えなかったのに。
これだけ笑うということは・・・
「その他の感情も戻っている・・・ということだよな」
「え?」
「いや、なんでもねェよ」
はぐらかすように微笑みながら水槽の横のハシゴを昇り、水面に上がってきたクレイオに食事を手渡す。
大柄な自分から見れば、人魚の手はとても小さくて、強く握りしめたら潰れてしまいそうだ。
こんな脆くて儚い存在なのに、どうして奴らは傷つけることができるのか。
「ロシナンテ?」
「・・・・・・・・・・・・・」
“わざわざ拷問しなくても悲しい思いをさせればあいつは泣くんじゃないか?”
悲しい思いをさせるだなんて・・・たとえ出まかせでもよく言えたものだ。
人間の都合で彼女を傷つけていいはずがない。
「ロシナンテ」
執事との会話を思い出しながら眉間にシワを寄せていたロシナンテは、クレイオの声でハッと我に返った。
「どうしたの? 怖い顔してる」
「そ、そんなことねェぞ、おれはいつでも笑顔だ!」
「・・・?」
心配かけてどうするんだ、しっかりしろ。
今、このマリージョアで彼女を守ろうとしているのはおれだけなんだから。
そう自分に言い聞かせ、ロシナンテはわざとらしいほどの笑顔をクレイオに向けた。
「飯食ったら外に行こう。今日は満月だからな!」
「うん!」
夜空を見に行こう、クレイオ。
こんな小さな水槽の中にいたら息が詰まるだろ。
濡れた髪を撫でてやると、クレイオはとても嬉しそうな顔で頷いた。