第8章 真珠の耳飾りの少女(コラソン)
「あ・・・あんたも知っている通り、クレイオは笑うようになった」
今、ここを離れるわけにはいかない。
なんとかこの場を取り繕わなければ。
「笑顔が戻ったということは、感情も戻ったということだ」
「それが?」
「なら、わざわざ拷問しなくても悲しい思いをさせればあいつは泣くんじゃないか?」
身体的な痛みを加えなくても、ちょっと涙腺を刺激するような思いをさせてやるだけで、クレイオはきっと涙を流すかもしれない。
それはロシナンテのハッタリだった。
でも、今は目の前の冷酷な男を納得させるほかにない。
「・・・・・・悲しい思い、ねェ」
執事は乱れのない七三頭を右手で撫でつけると、薄く笑った。
まるで蛇のような男だ、とロシナンテはゾクリとした。
色白で目が細いくせに、その視線は何かを捕らえたらジッと離さない。
よほど執念深い男なのだろう。
クレイオのことを“金ヅル”とだけ思ってくれていればいいのだが・・・
「妙ですね、クレイオの話をしているのに・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「なぜ、貴方まで悲しそうな顔をしているんです?」
夕日が二人の影を伸ばす。
細く、長く、そして暗く。
執事の質問に答えられない沈黙が、空気を鉛のように重くしている。
最初に口を開いたのはロシナンテだった。
「・・・そろそろ失礼してもいいですか? クレイオに食事を持っていかなければならないので」
「ああ、これは気づきませんで・・・どうぞ、貴方も食事がまだでしょう」
ロシナンテが夕食を乗せたトレイを持って横を通り過ぎると、執事は彼の背中に声をかけた。
「クレイオによろしく・・・と、伝えておいてください」
振り返ると、“蛇”は笑った口の奥から真っ赤な舌をのぞかせていた。
「・・・ああ、伝える“だけ”なら」
この男は絶対にクレイオに近づけてはいけない。
それはまるで警鐘のようにロシナンテの心で響いていた。