第8章 真珠の耳飾りの少女(コラソン)
しかしそれと同時に・・・
生まれて初めての感情が、静かに芽生えようとしていた。
「ロシナンテ、泣かないで」
人魚の小さな手が、海兵の濡れた頬を撫でる。
「不思議・・・貴方の涙は真珠になることがないのに・・・私にはとても大切なものに思える」
「クレイオ・・・?」
頬から顎を伝ってポトリと落ちた一滴を手の平で受け止め、人魚はフワリと微笑む。
「私のために泣いてくれた人は貴方が初めてよ」
貴方の涙は、どんな宝石よりも綺麗。
優しくて、温かい。
「とても大切だと思うからこそ、その数は少なくていい・・・だから、もう泣かないで」
貴方はきっと、私に同情して泣いたのではない。
涙を流せない私の代わりに泣いてくれたんでしょう?
そうすることで、私の苦しみが少しでも軽くなれるようにと・・・
「ありがとう、ロシナンテ」
クレイオの手に落ちたロシナンテの涙が、ゆっくりと皮膚に染み込んでいく。
まるでその一滴に込められた温かい心が、彼女の身体の中に溶け込んでいくようだ。
「同じ血が流れているのかもしれないけれど・・・貴方は“天竜人”とは違う」
「・・・・・・・・・・・・」
「ドジで、泣き虫で、優しい・・・変な海兵さん」
「“変な”は余計だろ・・・」
目を腫らし、鼻水を垂らす姿はどこからどう見ても“変な海兵”だ。
クレイオは初めて声を上げて笑った。
「ねェ、ロシナンテ。貴方の言う通り、太陽の光って本当に不思議ね」
「・・・?」
「ポカポカと温かくて、光を浴びているとなんだか力が湧いてくる」
───まるで貴方のよう。
「だからお願い・・・また私を太陽の下に連れてきて」
するとロシナンテは満面の笑みを浮かべ、拳で胸を強く叩いた。
「もちろん! 毎日でも連れてきてやるぞ!!」
「ふふふ、楽しみにしてる」
その時を境として、二人の心の距離は少しずつ縮まっていく。
しかし、二人に定められた運命は、それを祝福することは無かった。