第8章 真珠の耳飾りの少女(コラソン)
それはクレイオにとって初めて目にする光景だった。
───男の、しかも大の大人が涙を流している。
「クレイオ・・・つらかったなァ・・・」
どうしてこの人は泣いているのだろう。
この人が苦しみを味わったわけではないのに。
この人が“真珠の人魚”の宿命を背負っているわけではないのに。
「どうしてロシナンテが泣くの?」
クレイオは明らかに戸惑った顔を見せていた。
どうしていいか分からず、右手を伸ばしてロシナンテの頬に触れると、その涙はとても温かかった。
「だってよ・・・ひでェ話じゃねェか・・・!」
グシシと鼻を鳴らし、ブサイクな顔で泣きはらしながらクレイオを見つめるロシナンテ。
「君は何一つ悪いことをしていないのに、こうしてマリージョアに連れてこられ、拷問を受け続けてきた」
「・・・・・・・・・・・・」
「人間は己の欲で君を傷つけているというのに、君は争い事や悲劇が繰り返されないように涙を堪えている」
それがどうしたというのだろう、とクレイオは首を傾げた。
誰だって戦争は見たくない。
同じ種族同士が殺し合う姿を見て、面白いと思う者はいないだろう。
その原因が自分にあるならば、なおさらだ。
だけど人間の世界ではそうじゃないのだろうか?
「おれは・・・初めて会った時の君の顔が忘れられない」
鉄の仮面を被っているかのように無表情で、人間を恨んでいるから心を閉ざしているのかと思った。
だが実際は、人間を含めたこの世界を守るために心を失くしていた。
なんて無垢で、穢れを知らない人魚なのだろうか。