第8章 真珠の耳飾りの少女(コラソン)
「私が生まれた時、母である大珠アコヤガイの胎内はまるで宝石箱のように輝いていたそう・・・私が泣いたその分だけの真珠で埋め尽くされていたって・・・」
その瞬間、赤ん坊には重い運命が課せられた。
ひとたび生まれれば、世界中から欲望の眼差しが向けられる“真珠の人魚”。
その涙に魅せられた者は、我が身が破滅するまで追い求める。
たった一粒の真珠を奪い合って勃発した戦争もある。
あまりにも美しく、暗闇でも光を放つその真珠を、人魚の呪いとして畏れる者さえいるという。
「過去に私と同じ運命を背負って生まれた人魚は、みんな同じ最期を遂げた」
真珠を求めた者は皆、どうにかして人魚に涙を流させようとする。
痛みを与えられ、悲しみを与えられ、零れた涙が生み出すのは争いだけ。
人魚は心を痛め、果てしない苦痛から逃れるために自らの命を絶つ。
「母は繰り返される歴史をずっと見てきた。だから、新たな真珠の人魚が生まれたことを知られないよう、魚人島から離れた海底でひっそりと私を育ててくれた」
クレイオとは意志の疎通ができても、貝が人魚を育てるのには限界がある。
ある日、母は娘にこう言った。
“貴方が生まれた時に流した涙、全てを持って魚人島へ行きなさい”
「丁度ネプチューン王とオトヒメ王妃の婚礼があるから、真珠を献上して庇護を求めなさいって・・・私はお母さんから離れたくなかったのに」
渋る娘に、母は二粒の真珠を渡した。
“これは貴方の涙ではなく、私の身体から作った真珠。美しくはないけれど、これを私だと思っていれば寂しくないでしょう”
それ以来、クレイオは母からもらった真珠を耳飾りにして肌身離さずつけている。
“さようなら、愛する娘。どうか一つだけ約束して”
貴方の涙は、争いや悲劇を生む。
それを見守ることしかできず、貴方は苦しむでしょう。
どうか心穏やかに、笑顔を絶やさずに。
それはすなわち、“幸せでいる”ということ。
母の願いはそれだけです。
真珠を生み出す運命を背負った人魚。
それを見守ることしかできない大珠アコヤガイが背負う運命もまた、悲しく、重いものだった。