第8章 真珠の耳飾りの少女(コラソン)
それはただの空想だと人は言うだろう。
あるいは自然を崇拝する民族が信じる伝説の一つかもしれない。
吟遊詩人が口承で歌い広めた、伽話の一つに過ぎないと言う者もいるだろう。
この世界の大半を占める広い海で、何百年かに一度だけ起こる奇跡のことを───
「真珠を生み出す貝は世界にたくさんあるけれど、その一つに“大珠アコヤガイ”と呼ばれる真珠母貝がある」
「アコヤガイなら知ってるが、大珠ってのは聞いたことがねェな」
「幅1メートル以上もある大きな貝で、太古から生き続けている貝と言われているの」
大珠アコヤガイが生み出す、奇跡。
それはいつ、どこで起こるか分からない、運命の悪戯。
「何百年かに一度、その大珠アコヤガイから一匹の人魚が生まれる」
「か、貝から人魚が? 貝って魚人類とは違うんだろ?」
「人魚や魚人も人間と同じよ、交配によって生まれる」
だけど、その人魚の赤ん坊は母と父を必要とせず、まるで海を漂う泡が集まって形を成したかのように生を享ける。
真珠色に光る貝をゆりかごとして眠る人魚。
その玉のように美しい赤ん坊が、いったいどこから生まれてくるのか、それを知るのは母なる大珠アコヤガイのみ。
「大珠アコヤガイから生まれた人魚は普通の人魚と変わらないんだけど、たった一つだけ違うことがある」
そして、その違いこそが“奇跡”だった。
「その人魚の流す涙は結晶となり、一粒の美しい真珠になる」
その真珠の美しさは、他の真珠の比ではない。
「・・・さっき君は“真珠の人魚”だと言っていたけれど・・・それって・・・」
クレイオは熱の無い瞳で静かに頷いた。