第8章 真珠の耳飾りの少女(コラソン)
「安心して、私が抱っこしているから」
それは先ほどロシナンテがクレイオにかけたものと同じ言葉。
その時、ようやく気が付いた。
自分が今、初めてクレイオの声を耳にしているということを。
「あ・・・」
ロシナンテの瞳が大きく開く。
これまでどんなに語りかけても、返ってくる反応といえば頷くか、首を横に振るかしか無かった人魚。
しかし、溺れたおかげで、彼女と言葉を交わしている。
「ロシナンテ」
クレイオは水で額に張り付いてしまった海兵の前髪を左右に分けると、長い睫毛で縁どられたその目を細めた。
「海に嫌われて泳げない海兵さん」
ロシナンテは身体を動かすどころか、声を出すことすらできないでいた。
海水に浸かっているせいもある。
しかしそれ以上に、金縛りにあったようにクレイオから目を離せなかった。
心を失くした人魚。
“海の宝石”とも謳われる神秘の種族の口元が綻ぶ。
「ふふふ・・・おかしい」
世の中には高価なものが色々あるが、これ以上価値あるものなどないのではないか。
そう思えてならないほど、ロシナンテはその顔に魅せられていた。
例えるならばそう、朝露を光らせながら開く可憐な花。
「笑った・・・」
“海の宝石”はロシナンテの身体を支えながら、零れる真珠のような無垢で可愛らしい笑みを浮かべていた。