第8章 真珠の耳飾りの少女(コラソン)
クレイオが顔だけ出すと、ロシナンテは満面の笑みで水槽を覗き込んだ。
「な、外に出てみないか?」
外?
外とはいったいどういう意味だろう。
不思議そうな顔をしている人魚に、楽しそうな声でさらに続ける。
「おれが抱えてあげるから、外の空気を吸ってみようぜ」
「・・・・・・・・・・・・」
「外はポカポカしてあったかいぞー!」
それは水槽の中で退屈していたクレイオにとって、とても魅力的な誘いだった。
しかし、自分はロシナンテと違って足が無いのにどうやって外へ出るというのだろう。
困ったように自分の尾ひれに視線を落としていると、ロシナンテの長い両腕が水の中に差し込まれた。
「安心しろ、おれが抱っこしてやるから」
その言葉にクレイオの瞳が大きく開く。
ずっと、人間は酷い生き物だと思っていた。
魚人類のことを“化け物”、“汚い”、“下等種族”と見下し、欲望のためにクレイオを捕らえて拷問を与え続ける存在でしかないと思っていた。
それなのに・・・
「ん? 大丈夫、おれは腕力には自信あるんだ!」
この人は人魚に触れることを厭わないのか。
それだけじゃない、洋服が濡れてしまうのに手を水の中に入れている。
この人なら・・・この人の手なら・・・委ねても大丈夫だろうか。
「そうそう、おいで」
両腕の間のところまでやってきたクレイオを抱き上げようとした、その時だった。
───ガクッ
肘まで海水につけていたロシナンテが突然、力が抜けてしまったように前へ倒れ込む。
身長3メートル近い男の身体を、頭から尾ひれの先まで測っても1メートル60センチ程度の人魚が支えられるわけがない。
どうすることもできないまま、ロシナンテはバシャン!!!と大きな音を立てながら水槽の中に落ちてしまった。