第8章 真珠の耳飾りの少女(コラソン)
そんなに涙が欲しいのなら、代わりにおれが泣いてやろうか。
ロシナンテは不機嫌そうに煙草の箱をポケットに押し込むと、大きな溜息を吐きながら離れのドアを開けた。
その途端、ふわりと香ってきた海水の匂いに、それまでの苛立ちがスーッと消えていく。
ああ、やっぱり自分は海兵だ。
海の匂いが一番落ち着く。
「ダメだダメだ。おれが不機嫌な顔をしてたら、クレイオを笑顔になんてできないだろ」
執事が何を言おうと、自分のやり方でクレイオに感情を取り戻させればいいんだ。
気持ちを引き締めるためにパンパンッと両手で頬を叩いてから、水槽が置いてある部屋のドアのノブをひねる。
「クレイオ!」
満面の笑みで中に入ると、クレイオは水槽の底に敷き詰められた白砂の上に貝殻を並べて一人遊びをしていた。
「クレイオ・・・」
自分以外の生物が一匹もいない世界で、膨大な時間を一人で過ごす・・・その孤独は計り知れない。
せめてカニやヒトデでもいたら違っていたかもしれない。
「バカだな、おれは・・・笑ってもらうよりも先にすることがあったじゃねェか・・・!」
友達になろうって言ったくせに、クレイオを一人ぼっちにしていた。
まずは“孤独ではない”と感じさせてやることの方が大事だ。
「そのためにはどうすればいいかな・・・」
そういえば、クレイオはいつからここにいるのだろう。
もしかしたら、ここに連れてこられてから一度も水槽から出たことがないかもしれない。
「そうだ!」
何かを思いついたのか、ロシナンテは意気揚々と水槽の横に取り付けられているハシゴを昇り、ガラスをトントンと叩いた。
「クレイオ、ちょっといいか?」
すると、水槽の底で両肘をつきながらうつ伏せになっていたクレイオが顔を上げ、首を傾げた。
食事の時間にしてはまだ早い。
もしかしたら、また変な芸でも見せるつもりなのか?
無表情のまま身体を起こし、ロシナンテの声がよく聞こえるように水面まで上がってくる。