第8章 真珠の耳飾りの少女(コラソン)
「ロシナンテ中佐がここへ来てもう10日が経ちますが、クレイオの様子はどうですか?」
「・・・問題なく元気ですよ」
すると執事は眉間にシワを寄せ、他人を見下すような瞳をロシナンテに向ける。
「元気かどうかを聞いているのではありません。彼女は涙を流しそうかどうかを聞いているのです」
「・・・・・・・・・・・・」
「我が主は一日でも早くクレイオに涙を流してもらいたがっています。そのために貴方をここへ呼んだ。のんびりと一服している時間などないはずですが」
「ならば、こっちもそろそろお聞かせ願いたい」
正直言って、ロシナンテはこの執事が嫌いだった。
というより、自分も6歳までは住民だったこのマリージョアの全てが気に入らなかった。
センゴクはロシナンテの生い立ちを天竜人に伝えていないが、ここの人間達が両親にした仕打ちを考えると怒りが込み上げてくる。
「あんたらにとって、クレイオの涙はどれほどの価値があるというんだ」
「価値?」
執事は薄い唇に笑みを浮かべながら、中指で眼鏡の鼻あてを押さえた。
「“価値”というならばそうですね・・・貴方が一生かかっても手に入れることのできない額、とでも言いましょうか」
「・・・おれをバカにしてるのか」
「気を悪くさせてしまったら失礼。しかし、一般論を述べているだけです」
クレイオの“涙”には、国を買えるほどの価値がある。
「貴方はそれだけ知っていれば結構。変な気を起こされても困るのでね」
「失礼な、おれは海兵だぞ!!」
「ですが、人間の欲は計り知れない」
世界の全てを意のままにできる天竜人ですら、欲は尽きることがない。
その欲を金に向けるか、性に向けるか、権力に向けるかの違いだけだ。
「頻繁に様子を伺いに来ますので、そのおつもりで」
その言葉は暗に“我々はお前を監視をしている”という意味が込められていた。
執事はいわば、天竜人の欲を満たす環境を整えるのが仕事。
ロシナンテにとっては、そんな彼こそが“人間”としての心を失っているように思えてならなかった。