第8章 真珠の耳飾りの少女(コラソン)
『そんなことで悩んでいるのか?』
その夜、現状報告も兼ねた電伝虫で胸の内を明かすと、センゴクは笑いながら言った。
「そんなことって、センゴクさん・・・おれにはどうしていいか分からない」
ロシナンテが泣き言を言うのは百も承知だったのだろう。
センゴクの口調は相変わらず軽く、特に宥める様子もない。
『お前は私よりも分かっているはずだ。“どうするべき”かを』
「え・・・?」
そんなこと言われたって、彼女を傷つけずに涙を流させる方法がどうしても思い浮かばないから悩んでいるんだ。
「センゴクさん・・・おれだって貴方の期待を裏切りたくはない。けれど、どうしても無理なんです」
『無理? そりゃいったいどういうことだ?』
「このままだと何カ月・・・いや、何年経っても任務を果たすことができないかもしれない・・・」
『それならそれで、私は構わんぞ』
あまりにも軽い言い方に、ロシナンテの表情が変わった。
いくら何でもその言い方はあんまりではないか。
まるで“帰って来なくてもいい”と言われているようだ。
「センゴクさん、おれは本気で悩んで───」
『ならば聞くが、お前の“正義”とはその程度のものなのか?』
「え・・・」
海軍大将の言葉に、ロシナンテの心臓がドキリと音を立てる。
『何カ月、何年かかろうが、罪なき者を守る・・・それが海兵の使命だと、私は思うがな』
守る人間の人数に、多いも少ないもない。
たった一人だろうが、国一つだろうが、暴力から守るのが海兵の使命。
『私は知っているぞ』
電伝虫の向こうにいるセンゴクの口調が変わった。
それはまるで父親が愛する息子を諭すような優しい声。
『お前の周りはいつも“笑顔”で溢れていることを』
それこそ、センゴクがロシナンテに課した使命。
お前ならきっとできる。
そんな願いを込めて・・・
『お前の信じる正義を貫け、ロシナンテ』
───そこから先の答えは自分で見出すしかない。
センゴクの力強い言葉にロシナンテの瞳が変わった。
「ありがとうございます、センゴクさん」
電伝虫の受話器を置くと、そっと額に手をかざす。
そして、遠い海軍大将に向けて敬礼をした。