第8章 真珠の耳飾りの少女(コラソン)
・・・とはいっても、いったいどのようにすればクレイオは涙を流すのか。
女性に泣かされたことは多々あっても、女性を泣かせたことは一度もないロシナンテにとってそれは、億超えの賞金首を捕らえることよりも遥かに難しいことだった。
焼きゴテを押し付ける身体的苦痛も、同種族を目の前で殺す精神的苦痛も、彼女に涙を流させるまでには至らなかった。
それよりも酷い仕打ちがあるというのか。
夕暮れ時、ふと様子を見に行くと、人魚は紅色の光に包まれながら眠っていた。
まだ成熟しきっていないものの、その身体は均整が取れていて美しい。
そういえば、人魚のことを“海の宝石”と呼ぶ島もあったな。
ロシナンテは音をたてないように水槽へ近づき、そっとガラスに触れた。
・・・冷たい。
こんな冷たい水の中に彼女はずっといるのか。
いったい、いつからここに囚われているのだろう。
「クレイオ・・・」
ロシナンテがそっと呟くと、その声はガラスを突き抜けるはずもないのに人魚の瞼がそっと開いた。
「・・・・・・・・・・・・」
ゆっくりとこちらを見る二つの瞳。
人間が生きることのできない深海はきっと、このような場所なのかもしれない。
そう思わせるほど静かで暗く、見つめられているだけなのに息が止まるような感覚を覚えた。
「君は涙を流さないのか・・・? それとも・・・涙を流せないのか・・・?」
もちろん、ロシナンテの言葉が人魚に届くはずもない。
「この仕事は多分・・・おれに一番向いてないと思う」
センゴクさんは何故、おれをこの任務に就かせたんだろう。
夕日が人魚と海兵の顔を赤く染めていく。
彼女を守りたいという気持ちと、早く通常任務に復帰したいという気持ち。
どちらも海兵としての正義感から来るものだが、そのためには目の前のこの人魚を強制的に泣かせなければならない。
優しいロシナンテにできるはずもなかった。