第8章 真珠の耳飾りの少女(コラソン)
海兵という仕事柄、これまで色々な“種族”と接してきたが、人魚ほど神秘的な生き物はいないと思う。
それにはたくさんの理由があるけれど、たとえば。
上半身は人間とまったく変わらないのに、水の中で呼吸ができること。
こんなことを言ったらきっと、“当然だろう、人魚なんだから”と笑われるかもしれない。
でも、そう思わずにはいられなかった。
天井まで届く高さ6メートル、幅8メートルの巨大な水槽に漂う姿は、子どもの頃に絵本で見た天女そのもの。
広い海に解き放ったら、どれほど優雅に泳ぐのだろう。
それにふと気が付くと、水泡に向かって歌うように唇を動かしている時がある。
あれは本当に歌っているのか・・・
それとも、水の精に語り掛けているのか・・・
できることならば聞いてみたいものだが、厚い水槽のガラスが邪魔をして彼女の声を聞いたことは一度も無かった。
「おはよう、クレイオ」
毎朝10時。
その一言から一日が始まる。
いや、朝6時に起きてトレーニングをしているから、厳密にいえば“始まる”という表現はおかしいのかもしれない。
「今日もいい天気だぞー」
ここはレッドラインの頂にあるマリージョア。
雲すらも眼下に見下ろすこの地では、“快晴”が当たり前だった。
いつもと変わらぬ天気でも、ロシナンテが窓を指せばクレイオはチラリとそちらを見る。
ここに来てから三日、一度も会話をした事がないし、視線すら滅多に合う事が無いが、この時だけは反応を見せるクレイオに、ロシナンテは少なからず心が弾んでいた。
「ここは太陽が近いんだなァ。眩しいくらいだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
ロシナンテが明るく言うと、人魚も窓の外をジッと見つめる。
人間にとって人魚が神秘の種族であるように、海の生物にとって太陽は未知なるもの。
口には出さないが、クレイオにとっても特別なものであることは、その瞳を見れば明らかだった。