第8章 真珠の耳飾りの少女(コラソン)
「涙を流させるとは・・・いったいどういう事ですか?」
言葉そのものよりも、意図が分からずロシナンテが聞き返すと、執事は眉根を寄せながら少々面倒臭そうに口を開いた。
「そのままの意味です。あの人魚に泣いてもらえさえすれば、貴方の役目はそこで終わります」
「・・・・・・・・・・・・」
“安心しろ。この任務は、場合によっては一日で終わる”
ああ、そうか・・・
先ほどのセンゴクの言葉はそういう意味だったのか。
振り返ったロシナンテから目を逸らすように、センゴクは人魚が入った水槽を見つめている。
やはり彼にしてもこの任務は容認しがたいものなのだろう。
口を真一文字に結び、顔からは表情が消えていた。
「彼女には我々も苦労をさせられていましてね。何をしようとも決して泣こうとしないのです」
「あんた方はいったい・・・今まであの人魚に何をしてきた」
「何、大したことではないですよ」
執事は水槽に歩み寄ると、数センチはあろうかという強化ガラスをドンドンと蹴った。
その衝撃にギクリとしたように人魚が目を覚ます。
「ムチで百回叩いたり、意識を失うまで食べ物を与えなかったり、氷点下20度の冷凍庫に放り込んだり・・・」
「拷問じゃないか・・・!!」
「我々も心苦しいのですよ。素直に泣けばそのようなことをしないですむ」
その言葉とは裏腹に、執事は涼しい顔をしていた。
「肉体的苦痛では泣かないと分かったので、精神的苦痛を与えるために同じ種族の人魚や魚人を、目の前で“活き造り”にしてもみました。それでも涙一つ零さなかった」
「なんて酷い事を・・・」
「ええ、酷いものですよ。我が主が大金を払って買った人魚や魚人が、全て無駄になりました」
あまりにも残酷なその行いに、ロシナンテは言葉を失った。
目の前にいるこの男は、本当に血が通った人間なのだろうか。
ロシナンテは優しい男だが、気が長い方ではない。
センゴクさえいなかったら、今すぐにでも執事の顔を殴ってやりたかった。