第8章 真珠の耳飾りの少女(コラソン)
「私を助けてくれた人が帰ってくるのを、ここでずっと待ってるって約束した」
“その時は、私も一緒に連れていってくれる?”
そう言って見上げる私の頭を、あの人は少し困ったように微笑みながら撫でてくれた。
“ああ、約束する!”
「だからシャボンディ諸島から離れるわけにはいかない」
人魚の瞳には、揺るぎない信念が宿っていた。
ここは彼女にとって危険しかない場所。
いつ人攫いに捕まるか分からないし、同族も滅多に現れないから孤独にも耐えなければならない。
「・・・賢明とは言えないな。今日のような事がまた起こらないとも限らないんだぞ」
「でも、魚人島に帰るのは私の“心”に反する」
そもそも、魚人島はクレイオの故郷ではない。
「それに・・・どこにいても、この背中に烙印がある限り、私は自由にはなれない。魚人島に戻ってもまた、天竜人のところへ連れ戻されるだけ」
私が自由を感じることができるのは、あの人の大きな腕の中だけなのだから。
ならばせめて、自分の“心”に背を向けないでいたい。
人攫いから逃げ回り続けることになっても。
再び天竜人の水槽に戻ることになったら、せっかくあの人が命を懸けてしてくれた事が無駄になってしまう。
「人攫いの他にも、私を捕まえたがっている人はたくさんいる。私がここにいることを知られたら貴方達も危ない」
傷が癒えるまでは、海深くに伸びるヤルキマンマングローブの根に身を隠していれば大丈夫だろう。
助けてくれたこの親子に迷惑をかけるわけにはいかない。
「どこへ行くつもりだ、まだ傷口が塞がっていないんだぞ」
男はベッドから這い出ようとしたクレイオの肩を押し戻した。
「何よりここは陸の上。シャボン玉か、我々が担いでいかなければ、お前は海に戻れないだろう」
「・・・・・・・・・・・・」
クレイオは男と少女が住む家を見渡した。
見るからに貧しそうだ。
クレイオをヒューマンショップで売ったら、かなりの金が手に入る。
しかし、男は己の欲のために人魚を売るつもりは毛頭無いようだった。