第8章 真珠の耳飾りの少女(コラソン)
「恐れなくていい。私は人攫いではない」
男は人魚に害を与えるつもりがないことを証明するためか、両手を広げた。
言葉が通じないと思っているのだろう、身振り手振りを交えている。
すると人魚は口を開いた。
「大丈夫・・・言葉は分かる」
彼が人攫いでないことは、この状況を見れば明らかだ。
尾ひれに刺さっていたはずの矢が抜かれ、代わりに包帯が巻かれている。
さらに、人魚にとって決して心地が良いとは言えないものの、こうしてベッドに寝かせてくれている。
「助けてくれてありがとう」
人魚が人間と同じように年を重ねるのかは分からないが、彼女はとても若く見えた。
16、17歳といったところか。
丸みを残した頬や、膨らみきっていない胸など、その姿はどこか頼りなげだ。
しかし、とても美しい顔立ちに、悲しみを漂わせた瞳は実年齢よりも大人びた印象を与えていた。
「名はなんという?」
「・・・クレイオ」
男は人魚の背に押された烙印を見た。
憂いを帯びているのは、“ソレ”が原因だろうか。
「天竜人の奴隷なのか?」
「・・・・・・・・・」
クレイオは男から目を逸らし、小さな窓から夜空を見上げた。
昼間は太陽、夜は月。
雲に、星に、空というのは本当に色んな“表情”を持っている。
魚人島に・・・そして、マリージョアに居た頃は知らなかった。
「奴隷だけど・・・助けてもらった」
初めて触れた人間の優しさ。
今も目を閉じれば、彼の笑顔が鮮明に浮かぶ。
「天竜人のところから逃げてきたの」
「ならば早く故郷に帰れ。ここは人攫いがいつも目を光らせている。いつまた天竜人の所へ連れ戻されるか分からんぞ」
「それはできない・・・約束したから」
「約束?」
すると、人魚は小さく頷き、胸を覆う貝殻にそっと右手を置いた。