第8章 真珠の耳飾りの少女(コラソン)
「これは酷い・・・!」
二本の脚の代わりあるのは、光の加減で愛らしいピンク色にも、華やかな紫色にも輝く、清らかな銀白の鱗に覆われた尾ひれ。
しかし、人間でいう太ももの部分には、直径1センチほどの太い矢が刺さっていた。
「しっかりしろ!」
彼女は人魚だ。
気を失っているのは溺れたからではなく、大量に失血したためだろう。
男は濡れたシャツを脱ぐと、矢に手をかけた。
「・・・人攫いの奴らめ・・・こんなに若い人魚まで売ろうとするとは・・・」
見れば、彼女はまだ少女といってもいい年齢のようだ。
「少し痛むだろうが、我慢しろ」
そのまま一気に矢を引き抜き、同時に溢れてきた血をせき止めるため、傷口にシャツを押し当てる。
構造は人間と多少違うだろうが、圧迫していれば失血は抑えられるはず。
「・・・・・・ん・・・」
すると人魚が小さく声を上げた。
まだ意識は戻っていないが、命に別状がない様子に、男の顔に安堵の色が浮かぶ。
「さて、どうしたものか」
男は人魚を目にするのが初めてだった。
陸に上げても問題はないはずだが、彼女を怯えさせてしまうかもしれない。
しかし、このまま放っておいたらまた人攫いに狙われてしまうだろう。
「お父さん! その人、生きてる?」
崖の上では、娘が心配そうな顔でこちらを見下ろしている。
やはりこの人魚を見捨てるわけにはいかない、か。
「家にある薬で手当てできればよいが・・・」
男にはある理由から、医術の心得がある。
彼女を安全な場所へ運ぶためにその身体を持ち上げた、その時だった。
「───これは・・・!!」
男は強い衝撃を受けたように目を見開き、人魚の背中を見つめた。
「なんということだ・・・」
この人魚は男の予想を遥かに超える辛い目に遭っていたのかもしれない。
彼女の真っ白な肌には、痛々しい赤茶色の烙印が押されていた。
それはこの世界に生きる人間なら、誰もが知っている・・・否、知らなければいけない紋章。
“天駆ける竜の蹄”
天竜人の奴隷である証だった。