第8章 真珠の耳飾りの少女(コラソン)
ある土地に伝わる神話では、運命とは三人の女神によって生み出される一本の糸だとされている。
長女が紡ぎ、
次女が長さを測り、
三女が断ち切る。
そうして生まれた運命の糸は、生を受けた者それぞれに割り当てられ、その長さや繋ぐ先は決して変えられないという。
だが稀に、糸は思いもよらない所で“絡まる”ことがある。
まさしくそれは運命のイタズラともいえる出会いだった。
「お父さん、あそこで人が浮いている」
絡まった糸のもう片方は、10歳くらいの少女だった。
ヤルキマンマングローブの根の上を歩いていた彼女は、岸壁の下を指さして父を呼んだ。
ここは無法地帯の20番GR。
犯罪や人攫いが横行する、危険な場所だ。
だからこそ身を隠すのにもってこいでもあるのだが、それだけに死体が海に浮かんでいることはよくあることだった。
「見るんじゃない」
父は娘の注意を逸らそうとしたが、少女はよほど気丈な性格なのだろう。
岸壁ギリギリのところで足を止めて数メートル下の海を覗き込んでいる。
「女の人・・・怪我しているみたい。それに足が無い」
「足が無いだと?」
「うん。足の代わりにお魚みたいなヒレがある」
まさかと思って娘が指さす方を見た瞬間、父の顔色が変わった。
「・・・ここで待て」
両手に持っていた荷物を置き、上着と靴を脱ぐ。
辺りを見渡して、娘を一人にしても大丈夫かどうかを確認すると、海へ飛び込んだ。
バシャンと波しぶきが上がったが、仰向けで漂う人魚は気づく気配がない。
「おい、大丈夫か?!」
身体を支えると、意識はないものの呼吸はしているようだ。
脈もある。
男は人魚を抱えながら浅瀬まで泳ぐと、その身体を引っ張り上げた。