第8章 真珠の耳飾りの少女(コラソン)
「あっちへ逃げたぞ! 探せ!!」
───怖い・・・
「尾ひれに矢を撃ち込んだから、泳げなくなっているハズだ!!」
───痛い・・・
「ハァッ・・・ハァッ・・・」
海水に広がっていく鮮血。
同じく赤い血液が流れているというのに、どうして自分達は“彼ら”から迫害され、欲望の餌食にならなくてはいけないのだろう。
「久しぶりの人魚だ!! 絶対に見つけ出せ、人間オークションで相当の値がつくぞ!!!」
人間が怖い。
あの強欲な瞳が怖い。
「・・・ッ・・・」
シャボンディ諸島を形成する、ヤルキマンマングローブ。
その幹の影に身を隠しながら人攫い達が去っていくのを待つ。
しかし、トビウオに乗った人間達はしつこく20番GRの辺りを周回し、沈みゆく夕日で真っ赤に染まる海に目を凝らしていた。
───逃げられない・・・
「根っこの陰をよく探せよ、必ずこの近くにいるはずだ」
尾ひれが傷ついては、海深くに潜ることができない。
一匹の人魚は、鱗を突き破って深く刺さったままの矢を見つめた。
クロスボウを使って的確に筋肉を貫いているため、血があとからあとから流れ出てくる。
でも、私は絶対に捕まるわけにはいかない。
だって・・・約束したもの・・・
「ロシナンテ・・・」
人魚は燃えるような空を見上げた。
魚人島にはない太陽。
海底で生まれた者にとって永遠の憧れであるその光はあまりにも眩しく、人魚に“お前が生きる場所はここではない”と語りかけてくるようだ。
それでも彼女はそこから動こうとしない。
「私はここで待ってるって・・・約束したもの・・・」
人魚は乳房を隠す、二枚の貝殻にそっと触れた。
まるでその奥にある“心”に触れるように。
しかし、止まらぬ血は彼女の意識を奪っていく。
ヤルキマンマングローブの根を掴んでいた細い腕からとうとう力が抜け、一匹の人魚は“生きるべき場所”へ引き戻されるように海の中へと沈んでいった。