第7章 真珠の首飾りの女(ドフラミンゴ)
窓から聞こえてくる、タンゴの音色。
酒場では娼婦や踊り子がドレスを翻しながら踊っているのだろう。
酔っぱらった男達の賑やかな笑い声も混じっている。
しかし、ここには爆弾が爆発する寸前のような緊張感が漂っていた。
「グラディウス・・・貴方に殺されるなら、それは願ってもないこと」
「・・・なんだと?」
クレイオはゆっくりと微笑みながら、グラディウスを見上げた。
触れた物体を木っ端微塵に破裂させることができる、「パンク人間」。
その能力を初めて見た時、心が躍った。
「死ぬときは・・・血か肉か分からなくなるほど、この身体を粉々にしてもらいたい。天竜人の人形として作られたこの身体を」
へし折るだけじゃだめ。
切り刻むだけじゃだめ。
死した後まで“美しい”と言われたくはないの。
この容姿は、天竜人の欲望のままに造られた人工物でしかないのだから。
「跡形もなく破裂させてしまう能力を持つ貴方なら、その望みを叶えてくれると思っていた」
喉元を掴んでいるグラディウスの手に、クレイオの手が重なる。
“私の身体を花火のように散らせて”と言わんばかりに。
クレイオの指先から静かに脈打つ鼓動を感じた途端、グラディウスの心臓が大きく跳ね上がった。
「・・・やはり、おれはお前が憎い」
沈みゆく豪華絢爛な船の上で、死を静かに受け入れていた美しい奴隷。
あそこで船とともに海の藻屑になっておくべきだった、と今も思うのは・・・
若の寵愛さえ受けていなければ、と強く思うのは・・・
「お前を殺しても、生かしても、おれは若に背くことになる」
クレイオを殺せば、ドフラミンゴの怒りを買う。
クレイオを生かせば、ドフラミンゴの“弱点”を残すことになる。
そして・・・
今、クレイオを前にして高鳴っているこの心臓の存在こそが、忠誠を誓ったドフラミンゴを裏切ることになる。
「二度とおれに関わるな」
まだ聞こえる、情熱と哀愁のタンゴ。
そのリズムに合わせるかのように、黒コートの腕はクレイオを突き放す。
グラディウスは国王の夜伽を殺すことなく、暗闇の向こうへ消えていった。