第3章 ある娼婦と海賊のはなし ~サンジ編~
「貴方は私を幸せにしたいと口では言うけれど、結局、憐れんでいるだけでしょ」
「違う! おれはただ、娼婦としてではなく、普通の女の子として幸せになってもらたいって思っているだけだ」
その瞬間、サンジの瞳にクレイオの右手が振り上げられるのが映った。
パンッ!
サンジの反射神経だったらいくらでも避けることができたはず。
しかし、身体が動かなかった。
「こんな侮辱を受けたのは初めてよ!!」
殴られた左頬の痛みすら感じることなく、サンジは呆然としながらクレイオを見つめた。
「・・・クレイオちゃん・・・?」
───生まれて初めてのことだった。
ナミに怒鳴られることなど日常茶飯事だが、女性を“本当”に怒らせることは今まで一度も無かった。
「貴方が一番、娼婦をバカにしている」
「・・・お・・・おれは・・・・・・」
「一つだけ教えてあげる。私は誰にも“抱かれた”ことはない」
「え・・・?」
「私は処女よ。ただ、この手や口を使って男達を満足させているだけ。貴方がその手や口を使って料理を作るのと同じ」
処女の・・・娼婦・・・?
「貴方は自分がコックだと誇らしげに言う。なのに、どうして私が娼婦でいることに誇りを持ってはいけないの? どうして幸せではないと決めつけるの?」
サンジは返す言葉が見つからなかった。
女性を怒らせている・・・いや、悲しませている。
何より、女性のことを理解してやれていなかった。
そのことがショックで、身体が動かない。
すると、クレイオは男と腕を組みなおし、サンジに背を向けた。
「さようなら。もう二度と私に関わらないで」
ただ、幸せにしてやりたかった。
どの女性に対しても、いつも思うこと。
それが彼女を傷つけてしまった。
「バカな野郎だ。娼婦なんかに本気になっちまったのか?」
男の皮肉も耳に届かないほどサンジは放心状態となり、その場に立ち尽くしていた。