第3章 ある娼婦と海賊のはなし ~サンジ編~
フワリと甘い香りが鼻をかすめる。
この匂いには覚えがあった。
「クレイオちゃん?」
間違いない、彼女がまとっていた香水だ。
確かに廊下の方から漂ってくる。
女の香水ならば数百メートル離れていても嗅ぎ分けられるという、チョッパー顔負けの能力を発揮し、サンジはニヤケながら部屋のドアを開けた。
すると廊下の先に見えたのは、階段を降りていこうとしているクレイオの後ろ姿。
彼女はホテルを家代わりにしていると言っていたが、こんな朝早くから用事でもあるのだろうか。
もし腹が減っているのなら、このホテルのキッチンを借りて美味しい朝食を作ってあげよう。
そうしたらまた惚れ直してもらえるかな? と鼻の下を伸ばしながら、彼女の後を追いかけた。
「クレイオちゃ~ん!」
階段を下り、玄関口を出て路地に向かう。
しかし、サンジの目に飛び込んできたのは、信じられない光景だった。
「遅くなってごめんなさい」
クレイオの視線の先には、若い男。
ガタイの良さと日に焼けた肌からして、おそらく漁師をしているのだろう。
「のんびり歩いてくるんじゃねェよ。朝までできねェっていうから、ずっと待ってたんだぞ」
「ごめんなさい。昨日の夜は約束があって」
男は身体を持ち上げんばかりにクレイオを抱き寄せると、強引にキスをした。
そうとう焦らされていたのか、外だというのにこのまま押し倒しそうな勢いだ。
だけどクレイオは笑っていた。
「待って、部屋に行ってからにしましょう。ここでは人に見られてしまう」
困るのは貴方でしょ? と言うと、男も渋々と身体を離す。
そして後ろを振り返った二人はようやく、サンジの存在に気が付いた。