第3章 ある娼婦と海賊のはなし ~サンジ編~
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娼婦の残り香、月下香が漂う部屋で一人、サンジは呆然としていた。
考えてみれば、このホテルに泊まろうと思ったのも、症状が治まるまで自慰行為をするため。
娼婦に相手してもらえたら、それだけ治まるのも早まったかもしれない。
だが、やはりそれは信念に反することだ。
力尽きたようにベッドに座ると、うっすらと汗が滲んでいる手の平を見つめた。
そして、どのくらいそうしていただろう。
灰皿に煙草の吸殻が3本分溜まった所で、サンジは重い腰を上げる。
時刻は3時を回ったところだ。
そろそろ買い物をして船に戻らないと、夕飯の時間に間に合わない。
今晩はここに泊まるにしても、仲間達の腹を空かせるわけにはいかなかった。
部屋を出て一階のロビーに降りると、ちょうどこのホテルの支配人がカウンターの向こうにいるのが見えた。
「おい、ちょっと聞きてェんだが」
サンジが声をかけると、50歳くらいの口ひげを蓄えた支配人は、張り付いたような笑顔で仰々しく頭を下げる。
「さっき、美女が突然おれの部屋に訪ねてきた。このホテルはそういうサービスをしているのか」
「ああ、クレイオのことでございますか」
名前を知っていることから、このホテルとクレイオはやはり関係があるようだ。
「当ホテルのサービスではございません。確かに営業の場を提供してはいますが、クレイオが自分の意思でお客様のお部屋に伺ったのです」
“ご迷惑でしたなら、二度と伺わないよう言っておきますが”と言った支配人に、サンジは首を横に振った。
「いや・・・いいんだ。ただ聞いてみただけだ、気にしないでくれ」
雇われているわけではない。
やはり彼女は自分の意思で娼婦をしている。
サンジは支配人に“少し出てくる”と言い残すと、人が往来する大通りへと続く路地に向かっていった。