第3章 ある娼婦と海賊のはなし ~サンジ編~
「泣いていたから放っておけなくて」
「その悍ましい手でうちの子に触らないでよ!!」
「ごめんなさい」
ここまで敵意をむき出しにされても、女は楽しそうに微笑んでいる。
男の子はどうして母親が怒っているのか分からず、不思議そうに母と女を交互に見上げていた。
「そうやっていつもヘラヘラ笑って男を誑かす・・・本当に薄気味悪い女だよ」
その母親だけでない。
周りにいる人間全員が、彼女に冷ややかな視線を送っている。
女はゆっくりと立ち上がると、甘い香りを漂わせながら華麗に会釈する。
「みなさん、そんな怖い顔をしないで」
その瞬間、月下香がその場にいた全員の鼻先を愛撫した。
「───太陽の下では笑っていなくちゃ」
幼い子どもに話しかけるような甘い声。
妖艶に微笑み、心の奥に潜む欲望を掬い上げるようなその眼差しに、男達は慌てて目を逸らす。
女達は嫌悪感を抱き、一刻も早くここから立ち去ってくれと願う。
それを悟ったのだろうか。
女は楽しそうに笑うと、口を開いた。
「大丈夫、私は薬を買いに来ただけ。すぐにまた“闇”へ戻るから」
美しい“常春の地”に輝く太陽。
自分が生きていい場所は、その下でないことくらい分かっている。
「みなさん、素敵な一日を」
華麗に一礼をしてみせる女の名前は、クレイオ。
この島唯一の娼婦だった。