第3章 ある娼婦と海賊のはなし ~サンジ編~
月下香。
危険なほど甘く、優雅で官能的な香りを放つ花。
その花から作る香水は催淫効果が強く、男は深く魅了され、身を滅ぼすほど快楽に溺れてしまうと言い伝えられている。
これを堂々と身に纏う女は、この島にたった一人しかいない。
「・・・クレイオだ」
“ワノ国”の民族衣装であるキモノを着崩し、真珠を縫い付けたシルクの帯を揺らすその姿は見目麗しく。
肌蹴た襟からは豊満な胸元、裾からは白い太ももがのぞき、常に微笑みを浮かべている。
「おはよう、良い天気ね」
たまたま目が合ったというだけで声をかけられた漁夫は、顔を真っ赤にして俯くだけだ。
返事がなくても女には別段気にした様子はなく、今度は道の先の方に目を向けた。
「うわーん」
5歳ぐらいの男の子が、転んでしまったのかうつ伏せになって泣いている。
女はゆっくりと歩み寄ると、男の子の頭を撫でながら歌うように語りかけた。
「ほら、泣かない泣かない。太陽の下では笑っていなくちゃ」
「・・・・・・・・・・・・」
胸元から真っ白なハンカチを取り出し、涙と鼻水を拭いてあげる。
すると、知らない大人に話しかけられ、最初は警戒心を抱いていた男の子にも次第に笑みが戻っていった。
「お姉ちゃん・・・すごくいい匂いがする」
「そう? ありがとう、この香りはね───」
だが、その言葉の先は男の子の母親によって遮られた。
「ちょっと、うちの子に関わらないで!!」
おそらく傍の店で魚を買っていたのだろう。
買い物カゴを投げ捨てながら我が子に駆け寄ると、虫けらを見るかのような目つきで女を睨む。