第16章 交錯する想い
お父さんもお母さんも、アツヤもいなくなって。僕はサッカーへの意欲も無くしかけていた。でもある日試合でミスをしたとき、頭の中でアツヤの声が響いた。兄ちゃん全然だめだよ。その口調にも声にも聴き覚えがあった。その瞬間、僕の中でアツヤが生まれていた。僕の中でアツヤが生き返った。
「アツヤに委ねると心の底から力で満たされるようで気持ちよかった。いつの間にか頼ってしまうようになって、でも段々それが怖くなってきた。アツヤでいればいるほど本当の僕が、吹雪士郎がどこかへいってしまいそうになる」
だからといってアツヤを消すような選択を吹雪は選べない。たとえ今心の中で息づいているアツヤが、吹雪が生み出した仮想のものなのだとしても、吹雪にとっては大切な弟であることに違いないのだから。
「僕はどうしたらいいんだろう……」
アツヤがいれば自己が揺らぎ、アツヤがいなくなれば僕は一人になって完璧にはなれなくなる。吹雪は苦しげに目を閉じる。そんな吹雪の手を花織が優しく握った。温かい体温。吹雪の小さな希望の欠片。
「アツヤくんの事を私はどうしようもできない、士郎くんが決めることだから。……でも士郎くん」
花織は吹雪の顔を覗きこむ。今にも泣き出しそうな吹雪の目を彼女の黒い瞳が見据えた。
「士郎くんは一人じゃないよ」
花織はそういって手をぎゅっと握る。吹雪は唇を噛んで涙を堪えた。一人ではない、彼女はそういうが、今の吹雪に居場所があるだろうか。花織は自分を受け止めてくれるが、それは花織だけかもしれない。
「それにね、完璧じゃなくても私は良いと思うよ。私は士郎くんが自由にサッカーができればそれでいいと思う」
「花織さんはそう言ってくれるけど……。でもそれじゃ、僕はお荷物だ。地上最強のチームにいる資格がないよ」
吹雪は消え入りそうな声で呟く。花織は吹雪の手を握ったまま、空を見上げた。吹雪の心の中にある完璧に対するこだわりはとても固く強いものだ。恐らく彼の半生を縛ってきた言葉である。その中で苦しむ彼の気持ちを吐露させることで苦しみを和らげることはできても、その固い結び目を解くことは花織にはできない。
どうしたら、いいのだろうか。
花織は思い悩む彼の為に真剣に考える。だが答えは出ないままだった。