第1章 甘い野獣(銀時甘裏)
だが、恋人らしく見せかけようと手をつなごうとしたとき、彼女がとっさに俺の手を振り払うような仕草をしたのには驚いた。
驚いた俺の顔を見て、彼女は、
「ご、ごめんなさい、いきなりだったからびっくりしたの」
と言い、思いきったように俺の手をぎゅっと握りしめた。
だが、その力の入れ方は、恋人の手を握るのには異常なもので。
男に触れられるのを怖れている、とわかった。
ストーカー化した元彼とやらに、DVを受けていたのか。
そこまでのことは言わなかったし、俺も聞かなかったが、おびえる仕草に、彼女のこれまでの苦労が現れていた。
しかし恋人のフリをしなくちゃならないのに、こんな親のカタキみたいに手を握られても困る。
「なあ、美咲ちゃん、手をつなぐんじゃなくって、俺の着流しの袂をつかむってのはどう?」
俺の提案に、彼女はほっとしたような表情を見せた。
そして、おずおずと袂を握った。
思えばその仕草が、俺の心を最初に打ったのかもしれない。
可愛い顔に似合わず、職場ではバリバリ仕事をこなしているという彼女が、俺の前ではそんな弱気な表情を見せる。
気づいた時には、本気になっていた。